淡路島・洲本八狸物語

洲本市街地活性化センター
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 かいものお増


塩屋筋(しおやすじ)を北へ下ると洲本川へ出る。そのちょうど真ん中あたりに大きなけやきの木があってな。そのけやきのそばに甚兵衛(じんべえ)げたやさんがあったんよ。

「なぁ、お前さん。もうじき夏まつりやいうのに、お客さん、こんなぁ。」

汗をかきかき、げたの板をけずる甚兵衛さんを、女房のお初が、うちわであおぎながら言うた。
すると、甚兵衛さんはお初に言うた。

「心配するこたぁない。お客はきっと来てくれる。
お前のはなおのつけかたがじょうずやから、いくらはいても足が痛うならんと言うてくれるやないか。」
「そりゃ違う。お前さんの板のけずりかたがじょうずやからよ。」
「どこにも負けへんええげたを作っとるのに、明日は、お客さんようけ来てくれるわなぁ。」
「きっと来てくれるよなぁ。」
「お初、もうわしのこと、あおがんでもええから、はなおをつけて、ちょっとでも、げた仕上げとこや。」
「そやそや、はきやすうて、遠みち歩いても疲れへんげたを作って、お客さんに喜んでもらわなな。」

ふたりは、暑さも忘れてげた作りにせいをだしたんじゃ、次の日も次の日もな。

そして、その次の日の夕方じゃった。

「今日はお客さん、一人来てくれたじゃないか、よかったな、お初。」
「明日が楽しみだね、おまえさん」

お初がお店の戸じまりを始めてたらな、腰の曲がったしらが頭のおばあさんと、たいそう器量のええ町娘が、店先に立っとったんやと。

「遅い時間にごめんよ。孫娘がな嫁入りすることになってな。お祝いにげたを買ってやろう思ってな。」
「そりゃ、おめでたいことですな。どんなげたがええかのう。どれてもはいてみて、一番気にいったの見つけてや。」

孫娘はいくつもはいてみて、

「このげたがいい。このげたはいたら踊りたくなるの。」
から ころ かっかっ
から ころ かっかっ
げたの音鳴らして、娘は店先て踊って見せた。

「そんなに喜んでくれて、うれしいよ」
甚兵衛さんとお初は、顔を見合わせて、にこにこしてたんじゃ。
「娘さん、お嫁入りはいつですか。」
「もうちょっとすずしくなって、満月の夜にな。」
「そうかい、わしも娘さんの花嫁姿、見たいもんじゃのう。」
「こんなに孫娘が喜んでくれて、わしもうれしい。お代はこれでいいかい。」

おばあさんはふところからお札を出して甚兵衛さんにわたした。
孫娘はげたをかかえ、おばあさんと手をつないで、月明かりの中を帰っていった。


「ありがとう母ちゃん」

お松は、お増の顔をのぞき込んで言うた。 お増は、曲げてた腰をしゃんと伸ばして言っ たんや。

「今日の母ちゃんの化けぐあいどうだった」
「ほんとうのおばあちゃんみたいだったよ。でも今度はおばあちゃんじゃなくてお姫様に化けて、かいものしようよ。」
「そりゃ、ええな。ふっふっふっ。」

その頃、げたやの甚兵衛さんとお初は、
「ありゃ、お札がけやきの葉になってるぞ。」
「あっ、かいものお増にやられたんや。」
「魚屋のとら吉が言いよった。お増狸が買い物に来てから、店が大繁盛した言うてな。 お前さん、うちにも来てくれたんや。ありがたい、ありがたい。」
「神様、わしらのことを見捨ててはおらなんだんや。」
「お増が持ってきたけや木の葉、神棚へまつろう。」

ふたりは、けやきの葉を神棚へまつっていっしょうけんめいに、おがんだんやと。
すると、不思議や不思議。
次の日からお客さんがわんさとやってきてな、 甚兵衛げたやさん、大繁盛したんやと。

夏まつりは甚兵衛げたはいて
から ころ かっかっ
から ころ かっかっ

みんな、踊ったんだって。
えー、えー、お松もお増も町娘に化けて、い っしょに踊りましたよ。

それから、それから、しばらくして、甚兵衛げたやさんに、たまのようなかわいい赤ちゃんが生まれたそうじゃ。
かいものお増は、いまでも、商売繁盛の神、福の神やいうて、本町にまつられているんじゃと。

物語作者:木戸内福美(キドウチヨシミ)