お堀端の桝右衛門(ますえもん)
城山の山すそにある汲江寺(きゅうこうじ)のあたりから北へ向かって堀があった。
内町と外町を分けるたのの堀でな、その堀には二つの町をいききするための橋がかかっとった。
桝右衛門という古狸は、どうやらその橋の近くに住んどったようじや。
陽が沈み、あたりが薄暗くなりかけたころ、桝右衛門狸は柳の葉っぱを頭に乗せて、しっぽをぶるるんとふり、どろろん、ろん。
ぱっと消えたかと思うと、米屋の小僧さんに化けよった。
ついでにひろった木の枝を、どろろんと、ちょうちんと徳利にかえた。
「さぁさ今晩も、おでかけ、おでかけ。」 桝右衛門は、橋のたもとまでやってきた。ちょうどそこへ、外町に住んでる娘を訪ねて、帰りを急ぐ源八じいさんが通りかかった。
「じいさん、娘さんのとこへいっとったんかいな。」
と、桝右衛門が声をかけた。
源八じいさん、足をとめ、曲がった腰を
「よいしょ。」
と伸ばした。
「おうおう、小僧さんか。
今晩も酒を買いにいくのかい。
よう働く小僧さんじゃの。」
「内町の酒屋までいくから、いっしょにいきましょう。
じいさんの足元ちょうちんで照らすよって、こけんように歩きなよ。
そら、前から若い衆がくる。ぶつからんようにな。」
「ありがとよ。」
源八じいさんは何度も言うた。
内町の家の明かりが見える所までくると、
源八じいさんは、
「娘がくれたもちのすそわけじゃ。」
と言って、袋の中から草もちを二つ出して小僧さんの、ふところに入れてくれた。
まだ、温かさが残る草もち。ふところから春の匂いが、桝右衛門の花をくすぐった。
源八じいさんは知っとった。小僧が掘端の 桝右衛門狸だということを。桝右衛門には
おたけという女房がいることもな。
次の日も晩になると、桝右衛門は小僧に化けて橋のたもとにやってきた。
堀端筋の桜の花びらが、風に吹かれて、ひらひら、堀をこえ小僧さんのところまで飛んできた。
「にぎやかだと思ったら、花見をしよるんかいの。わしも今夜は帰って、お竹と酒でも飲むか。」
と、その時、
「きゃー、助けてー。」
若い娘の声。桝右衛門は声のする方に走った。なんとお酒に酔ったお侍さんが、若い娘にからんでいるではないか。町の人たちはそれを遠まきに見てるだけで、どうすることもできずにおった。
桝右衛門は、すぐそばの石垣に登るなり、しっぽをぶるーんと大きく回し、どろろんろんと宙返り。
たちまち、天にもとどくばかりの大入道があらわれた。
そして、かみなりさまかと思う太い声で言うた。
「おなごにわるさするやつは、とっつかまえて、食ってやるぞ。」
その声におどろいた侍は、娘をはなし、ふり返ると、目の前まで大入道のぶっとい手が伸びてきた。おまけにぎょろりと大きな目でにらまれたからたまらない。
逃げようにも足が動かん、
「どうだ、もう二度としないか。」
また、かみなりさまのような声がふってきた。
「はははは〜〜い。」
侍はとうとう腰が、ふにゃりと抜け、その場にへたり込んだ。そして、いつまでも、わなわな、わなわな、震えとったんやと。
それから、堀端で悪さをすると大入道が出るといううわさが広まった。
それでも何人か、大入道にこらしめられたもんもおったと聞くが、いつのまにか悪さをする人もおらんようになったらしい。
町の人たちは、桝右衛門が内町、外町の人たちのことを守ってくれてるんやと、源八じいさんのようにみんな知っとったんや。
橋のたもとの柳の木の根っこの上に、芋やら団子やら、桝右衛門狸が喜びそうなもん、町の人たちがそっと置いときよった。
しばらくして、小僧も大入道も現われなくなってからも、それはずっと、ずっと続いたそうな。
物語作者:木戸内福美(キドウチヨシミ) |